ありったけの地獄を一つにまとめた戦争~沖縄戦~

沖縄戦





沖縄の観光地として「ひめゆりの塔」は有名な観光スポットとして知られているが、
ひめゆりの塔の記事を書こうと思ったところ、歴史から学びなおす必要があると思い、この記事を書かせて頂く。

題名にも記したように、

「ありったけの地獄を一つにまとめた戦争」または「鉄の暴風」

と表現されるように、沖縄戦の戦闘の激しさを想像できます。

沖縄戦

沖縄戦とは

集団自決

沖縄戦とは第二次世界大戦(太平洋戦争)の末期に、日本本土への攻撃拠点として沖縄を占領したいアメリカが沖縄に上陸し、県民をも巻き込む地上戦のことを言う。
「鉄の暴風」と名付けられるほどの戦闘の激しさにより沖縄住民は「集団自決」をも余儀なくされた。
沖縄戦における住民死者94000人のうち約1%強が「集団自決」による死である。
同年、6月23日に日本軍司令官が自死し、戦闘が終わったとされる。
県民の1/4が犠牲になった。

※集団自決とは

沖縄戦では、一般住民が集団で自殺する行為のことを指すが、
「自決」という言葉の本質は、軍人が敗北の責任をとって行うもので、一般住民が行うものではない。
その集団自決は軍の命令によるものなのか、または、敵国に投降するのを避けるために行った行為なのか?定かではない。
いずれにせよ、今の日本では考えられない。
このまま平和が続くことを願いたい。

沖縄戦の目的

アメリカ軍

アメリカ軍の目的は日本本土の攻略。
中継地点としてのマリアナの基地と共同体制をとれる対日本本土爆撃のため。
航空基地確保と、日本本土進攻の補給基地の確保。

日本軍の目的

第二次世界大戦の指揮を執る偉い人二人が違う目的を持っていたようだ。
踊る大捜査線でいう「会議室と現場」の違いのようなもので、
大本営(会議室)の目的は、アメリカ軍に大打撃を与えて戦争継続を断念させる決戦を志向した。
また、現場のの第32軍司令部は当時想定されていた本土決戦に向けた時間稼ぎの「捨石作戦」を目的とするという不統一な状況であった。

※大本営とは・・・
戦時中に設置された日本軍の最高統帥機関である。
天皇の命令(奉勅命令)を大本営命令(大本営陸軍部命令=大陸命、大本営海軍部命令=大海令)として発令する最高司令部としての機能。

※第32軍司令部とは
沖縄本島の首里に司令部を置き、奄美群島から先島諸島を守備範囲としてアメリカ軍の上陸に備えた。

沖縄戦の流れ

沖縄戦の流れ

1945年3月26日 慶良間上陸

慶良間上陸

3月26日 9時に座間味島上陸
3月27日 9時に渡嘉敷島上陸

アメリカ軍は船舶を停泊させる場所と水上基地などを設置する目的で慶良間諸島に上陸した。
一方、日本軍は航空基地の設置が不適切な慶良間諸島の地形により、沖縄本島よりも先に慶良間諸島に上陸することを予想していなかった。
そのため、地上部隊をほとんど配備しておらず、上陸からたったの3日目で慶良間諸島全島を占領した。

1945年4月1日 沖縄本島上陸

沖縄本島上陸

4月1日   本島中部の読谷、嘉手納に上陸
4月16日 伊江島を攻撃、占領
4月20日 本部半島を制圧
5月16日 首里城の軍司令部への総攻撃を開始
5月下旬 沖縄守備軍、首里の司令部を捨て、島の南部へ撤退
6月23日 牛島司令官の自決によって組織的な戦闘が終了

4月1日、アメリカ軍は守備の薄い本島中西部(読谷、嘉手納)に上陸した。目的は読谷と嘉手納の飛行場を占領するためである。
いくら捨石作戦だとはいえ、早期に空港を占領されたことに批判されたようだ。
中西部を占領したアメリカ軍は、そこを中心に陣地を北に向かって伸ばしていく。
日本軍は南部を主戦場とすることになっていたため、北部には兵士をあまり配備していなかったこともあり、4月20日には半島が制圧された。
4月16日、本島の北西海上に浮かぶ伊江島に上陸。目的は飛行場と海上防空用のレーダーサイトを設置するため。
日本軍は島民多数とともに抵抗し激戦となったが、上陸から6日後の21日までに全島が占領された。
そして、生き残った島民は渡嘉敷島へ移された。

5月16日、北部を占領したアメリカ軍は南進を始める。
前に記した通り第32軍司令部の目的は、当時想定されていた本土決戦に向けた時間稼ぎの「捨石作戦」であるので、沖縄南部に主軍力を置いていた。
このこともあり、沖縄戦の殆どの期間が南部攻略に費やされた。
5月21日には軍事力の重きを置いていた首里を捨て、島の南部へ撤退。
アメリカ兵はさらに南進し、6月23日、牛島司令官の自決によって組織的な戦闘が終了した。

沖縄戦敗退

沖縄戦敗退

沖縄戦の敗退により、沖縄本島はアメリカ軍に占領された。
このことで、アメリカの目的であった航空基地確保と、日本本土進攻の補給基地の確保が可能となり、
アメリカ軍は日本本土への進軍の準備が整った。
1945年7月26日に米英中の首脳の名において、日本に降伏を求めるポツダム宣言が発表されたが、日本政府はこれを「黙殺」した。
そして、8月6日8時15分に広島市への原子爆弾投下・・・
次いで8月9日11時2分に長崎市への原子爆弾投下・・・
・・・・
・・・・
8月14日、日本はポツダム宣言を受諾し日本が降伏することになった。
8月15日の正午に昭和天皇の肉声により国民に伝えられた。

おわりに

沖縄戦に敗退し、日本が「もう無理だ―」ってなってポツダム宣言を飲んだことで今の日本があるんだと思う。
もし、沖縄でなく、本島を先に攻め込まれていたら、この日本はアメリカだったのかもしれないですよね。
もし、相手がアメリカでなくもっと非人道的な極悪国だったら、私自身存在していなかったかもしれない。
考えるときりがないのですが、
そもそも、沖縄って元々は琉球王国っていう国だったんですよね。
たまたま日本の近くにあって日本が植民地にしていた。
日本を守るために沖縄が犠牲になった?んー・・・わからなくなってきたぞ?
いずれにせよ、沖縄は一時期アメリカとなっていたが、日本に返還され、パスポートなしで行ける最高のリゾート地。
でも過去の惨劇を忘れてはならない。